ABSC INTERVIEW
─ウェブ連動企画 一歩 踏み出してみる

赤羽(あかはね)(けん)
一般財団法人 法政大学(ほうせいだいがく)出版局 編集部

EPUBリフローの製作、
テキストデータ請求券付き出版物の刊行、
視覚に障害を持つ著者との編集作業、

はじめてだけど やってみる。

写真 赤羽 健氏

[略歴]
1991年、長野県(ながのけん)松本市(まつもとし)生まれ。2014年から19年まで青土社(せいどしゃ)に在籍。同年末から法政大学出版局。担当した本に、『楽しみと日々 壺中天(こちゅうてん)書架(しょか)()』(高遠(たかとお)弘美(ひろみ))、『寒天』(中村(なかむら)弘行(ひろゆき))、『植民地朝鮮と〈近代の超克〉』(閔東曄(ミンドンヨブ))、『コラーゴ』(萩原(はぎはら)里香(りか))、『ハントケ・コレクション』(ペーター・ハントケ)など。

いずれは電子書籍も
これまでのPDFとか
EPUBフィックスとかではなく、
EPUBリフロー形式のような
アクセシブルなものにしたいと
考えていたところだったので、
この本をきっかけに営業部も
説得できると思ったんです。

──ワークフローの見直しを行う予定と聞き及びまして、その背景や経緯などをお話しくださいますでしょうか。
  昨年(2024年)7月に、人文系の専門書版元の若手を中心とした勉強会(編集部註:青土社営業部の榎本(えのもと)周平(しゅうへい)さんが主催する朔塾(ついたちじゅく))で、小学館(しょうがくかん)木村(きむら)さん(小学館アクセシブル・ブックス事業室の木村匡志(ただし)さん)からアクセシブル・ブックスに関する講演を聞いて、取り組まないといけないなという意識はありました。小局ではそれほど電子化が進んでいるわけではありません。今回は、個別の案件で必要に迫られて、という事情があります。
  法政大学出版局では、2014年から「法政大学出版局学術図書刊行助成制度」を設け、優れた学術的価値をもつ専門的研究成果への図書刊行助成を行っています。局内の審査と、外部の専門家による査読のプロセスを経たうえで採択していて、第11回の助成対象となったのが、安井(やすい)絢子(あやこ)さんの『ケアの倫理入門』という博士論文でした。ご応募いただいたときにはわからなかったんですが、助成対象となった連絡をしたさいに、著者が視覚に障害をお持ちなのだとわかりました。
  安井さんが編著者のひとりとして関わり、京都大学学術出版会から刊行された『語りの場からの学問創成』(2024)でテキストデータ請求券を付けていたということがあって、今度の出版でもそういう対応をしてくれるのかどうか、ご不安な様子だったので、「対応します」と約束したんです。ちょうど、木村さんの講演を聞いたあとで、いずれは電子書籍もこれまでのPDFとかEPUBフィックスとかではなく、EPUBリフロー形式のようなアクセシブルなものにしたいと考えていたところだったので、この本をきっかけに営業部も説得できると思ったんです。この論文があって、初めて能動的に動けたというか……

「ABSCレポート」で紹介してきた出版社の対応事例

テキスト請求券の事例(現代書館)
https://absc.jp/about-ab/publisher/text-ticket/
QRコード

岩波書店「世界」の音訳
https://absc.jp/about-ab/publisher/iwanami-world/
QRコード

印刷用データと電子書籍用データの管理(ポット出版)
https://absc.jp/about-ab/publisher/ebook/
QRコード

──テキストデータ請求券を付けるのは、御局では初めての試みですか?
  初めてだと思います。テキストデータが悪用されるんじゃないかと心配する出版者の声も聞きますが、テキストデータだけあっても、結局なにもできないんじゃないかと思っているので、やってみることにしました。

──今(編集部註:2025年3月上旬現在)、どのあたりまで進行していますか?
  じつは、まだ原稿ができていない状況です。
  9月には発行しないといけないので、4月中には原稿をいただいて、すぐに動かないと間に合いません。
  いつもは、原稿は(マイクロソフト)ワードでもらって、ワードのコメント機能を使って確認事項やご提案事項を書き込んでお返ししているんですけど、ワードは、本文の読み上げはできても、コメント機能の音声読み上げができません(編集部註:ワードの校閲機能で「音声読み上げ」ボタンを押すと、Text to Speech(TTS)機能が起動して音声合成で読み上げられるが、「コメント」の読み上げはサポートされておらず、スクリーンリーダーなど別の支援ソフトを使って音訳や点訳をしてもらう必要がある)。そのため、本文内では「ここからここまでがコメントです」といった目印を付けてアドバイスしてほしい、と言われました。そういうやり方はほとんど経験がなく、原稿整理の段階からワークフローを変えていく必要がありますね。
  初校はPDFと紙で出力しますが、PDFの読み上げがあまり使えないようなので(編集部註:著者側の環境は未確認)、ほぼ完成したワード原稿を入稿して組版する必要があります。これまでは、初校、再校と、ゲラの段階での修正もできましたが、その手前で、PDFでの校正がなるべく少なくてすむよう、完成に近いレベルに仕上げないといけないと考えています。
  もちろん、著者の後輩の院生とか、何人か手伝ってくれるそうで、紙で出力しても対応できるとのことです。

──御局では、電子書籍を専門とする部署があるのでしょうか。
  専門部署はないので、電子書籍化をするかどうかの相談、する場合の製作会社とのやりとりなどは、営業部と一緒に対応します。それぞれ余裕があるわけではないので、科研費や大学の助成金で製作する以外、あまり電子書籍化できていないというのが実状です。電子書籍として出したところで、「専門書はどうせ売れない」という意識も少なからずあるように思います。
  価格を抑えて手間をかけずに行うとしたら、大学図書館向けにPDFのみか、あるいはEPUBフィックスかで、リフロー形式は昨年6月に発行した『楽しみと日々 壺中天(こちゅうてん)書架(しょか)()』(高遠(たかとお)弘美(ひろみ)著)が小局では初めてでした(電子版の配信は同年8月から)。作ってみると、紙の本で880ページでしたが、意外とリーズナブルだったと思います。電子書籍制作については、最低でもしおり付きのPDFを作って丸善イーブックライブラリー(編集部註:大学など学術機関向けの電子図書館サービス)に出していくくらいのことは、絶対にやったほうがいいと思っています。

──今度の安井先生の本もリフローにされるんですか?
  勉強会で木村さんのお話を聞いて、機会があればリフローを出してみたいなと思い、先に挙げた『楽しみと日々』は紙の本が売れていたこともあって、刊行から少し経ったあとでリフロー形式で作れました。高遠先生の本は研究書というより読み物に近かったので、営業部に「リフローにしてくれ」と頼み込んだんですよね。編集者がリフローのほうが意味があると言えば、通してくれるんです。安井さんの本は研究書なのですが、著者である安井さんにとってアクセシブルなものにすることがまずは大事だと思うので、リフロー形式でやれたらいいなと考えています。

──リフロー形式だと、おそらく代替テキストの問題も出てくると思いますが。
  画像や表などはわずかで文字ベースなので、大きな問題は発生しないと思います。ただ、博士論文という性質上、脚注が多くなるので、その分コストは嵩んでくるだろうと思います。
  個人の判断だけでは決められませんが、テキストデータ請求券やリフローの電子化までをセットで作成したいと考えています。今回の本に関しては、InDesignでの作業負荷を考えると、脚注が多いから横組のほうがいいかな(編集部註:ワードからInDesignに流し込むさい、横組だと脚注もきれいに自動生成されるが、縦組だと手作業が発生する)、とか、書体も明朝体の視認性はあまりよくないと聞いたことがあるのでゴシック体にしようか、とか、そういう細かいところも悩んでいます。どうすれば最適化できるのか、模索しながら進めています。

ABSCのWEBサイトをCHECK!
QRコード

編集部では、本が発行されるまで、
赤羽さんのその後の制作風景を取材し、
ABSCサイト(https://absc.jp)で
不定期連載形式で公開していきます。
ぜひチェックしてみてください。