EPUBリフロー電子書籍のTTS対応

専修大学文学部教授
植村(うえむら)八潮(やしお)

ABSCではワーキンググループを作ってTTS(TexttoSpeech:音声合成読み上げ)の対応を推進してきた。
ワーキンググループのメンバーであり、専修大学文学部教授の植村八潮氏に、出版業界のTTS対応の現在地について、寄稿してもらった。

  今や私たちの身の回りにはコンピューターによって合成された音声があふれていて、注意深く聞かないと肉声との区別もつかないほどである。ATMのガイダンスや車内放送は言うに及ばず、NHKでも音声合成がニュースを読み上げるときがある。とはいえ、音声合成を活用できるようになったのは、スマートフォンが普及した2010年代に入ってからである。
  iPhoneは、初期のバージョンから日本語音声を搭載していたが、Androidもウィンドウズも、日本語が使用できるようになったのは2013年である。タッチスクリーンの利用方法はOSごとに異なっており、視覚障害者が端末を乗り換える負担(スイッチングコスト)は大きなものである。
  このこともあって多くの視覚障害者は、はじめに慣れ親しんだiPhoneのままである。
  スマートフォンの登場以前では、視覚障害者はパソコンにサードパーティ製のスクリーンリーダーをインストールしてテキストの読み上げや、紙の本を裁断してOCRにかけ電子データ化する、いわゆる自炊で読書するなどの工夫をしていた。音声合成技術の進歩と電子書籍の普及が視覚障害者等にとって朗報であったことは想像に難くない。読書バリアフリー法を支える環境が2010年代に整っていったのだ。
  本誌を手にしている人には、TTS(音声合成による自動音声読み上げ)の説明は不要だろう。電子書籍がアクセシブル・ブックスと呼ばれるためにはTTSに対応していることが大原則だからだ。しかし、現在までのところ電子書籍の読み上げが可能な電子書店は、外資系のアマゾンキンドルとアップルブックス、それにグーグルプレイブックスのみで、日本の対応は遅れている。
  2019年6月に読書バリアフリー法が施行されて今年で6年。パブリックコメントを募るために今年1月に公表された、「視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する基本的な計画(第二期)」によれば、「読書バリアフリー法の施行から5年が経過したが、視覚障害者等が利用しやすい書籍等は必ずしも十分に整備されているとは言えず、障害の有無にかかわらず全ての国民が文字・活字文化を等しく恵沢できる状況とはなっていない」とある。視覚障害者等の多くがTTSを使いこなす今、電子書籍の対応の遅れが目立ってきた。
  もちろん、電子書籍の読み上げは出版者だけでできることではない。著作権者の理解と多くの出版者の賛同があってこそ、社会的・技術的な解決に取り組めるのだ。
  もし、出版者の合意がないまま電子書店がTTSによる読み上げを行った場合、日本の著作権法における口述権の侵害にあたらないか、また、TTSによる読み間違いが同一性保持権の侵害にあたらないのかといった懸念もあり、国内電子書店事業者は慎重な姿勢をとってきていた。
  2017年版の日本書籍出版協会の出版契約ヒナ型の解説には、「電子書籍の再生環境によっては、プリントアウトや自動音声読み上げ機能が搭載されている場合もあります。こうしたサービスに対応するために、契約書で著作権者から承諾を得ておくことにしました」とある。当時、「自動音声読み上げ機能による音声化利用」は、朗読同様に著作権者の承諾が必要と捉えていたと考えられる。少なくともグレーゾーンである以上、出版者としても著作権者に丁寧な説明をして理解を求めておく必要はあっただろう。
  今は少なくとも読者がアプリの音声合成の読み上げ機能を利用することは、著作権法上の私的使用に属するものであり、著作権者の承諾は不要と理解されている。
  2024年4月に著作者3団体(日本文藝家協会他)が、読書バリアフリーに関する共同声明を発表し、続いて6月には出版5団体(日本書籍出版協会他)の共同声明が発表された。これを受けて12月には、デジタル出版者連盟としてデバイス開発・製作会社や配信事業者が積極的に市場でのTTS対応を進めることを期待する、とした声明も発表された。これらによって著者、出版者の大方のコンセンサスを得たことになり、EPUBリフロー電子書籍のTTS対応が一層、進むことになったのである。
  3月14日にJPRO出版者説明会が開催され、Booksのバージョンアップや「読書バリアフリー法 出版社対応の明確化」が説明された。本誌3号のABSC通信にあるように、これまでのJPROでTTS対応可否の登録ができたものの、一部の出版者が著作権者に許諾をとっていたのを例外として、大半の出版者は未入力であった。今後は、すべてのEPUBリフロー電子書籍が原則として「TTS対応あり」と表記され、TTS対応を望まない著作権者や出版者は申し出てオプトアウトすることになる。また、視覚障害者が容易にTTS対応の電子書籍や大活字版、オーディオブックなどを探せる「アクセシブルブックを探す」検索窓口もできる。
  次の段階として、電子書店の対応が求められる。視覚障害者等がアクセシブル・ブックスを探し購入しやすいウェブサイトとして、電子書店自体が設計されなくてはならない。そのうえで電子書店が提供する電子書籍ビューアがTTS機能を搭載し、電子書籍を読み上げることができる必要がある。
  近いうちに日本の電子書店で販売されるすべてのEPUBリフロー電子書籍が読み上げ可能なアクセシブル・ブックスとなることが期待される。